インパクトでラケットを握る? 握らない?
ラケットとボールが接触するインパクト前後において『ラケットをしっかり握るべきなのか? 握るべきではないのか?』という話があります。
前者はボレーのインパクトで言われる事が多く、後者は『脱力』の話と関係してストロークで言われる事が多い気がします。
でも、握力何kgで握るといった具体的な目安がないので、握る、握らないと言われても話を聞くだけではピンと来ないですね。
ボールとラケットがそれぞれ持つ”運動エネルギー”の大きさ
スイングによってラケットが得る運動エネルギーの大きさは『1/2 x ラケット重量 x ラケット速度 ^2 (2乗)』で表されます。
この運動エネルギーが接触によりボールに伝わり、当たり方によってボール速度と回転量に反比例的に分配されます。
当然、この運動エネルギーの全てがラケットに伝わる訳ではないです。
もしそうならインパクトでラケットは急激に速度低下したりするでしょうがそうはなりません。
伝わるのはごく一部ですし、正確に当たらない、ラケットがガットがしなる、ゆがむ、たわむ事で伝達ロスが起こります。
ラケットと同様に、重量があり速度を持って飛んでくるボールも運動エネルギーを持っています。
この大きさも『1/2 ボール重量 x ボール速度 ^2 (2乗)』で表せます。
硬式テニスボールの重量は56.0~59.4g。硬式ラケットの重量を300gとすれば、飛んでくるボールとスイングされるラケットの進む速度が同じならラケットの方が約5倍の運動エネルギー量を持つと言えます。(計算上ですが)
ボールに打ち負ける?
よく「一生懸命スイングしたけどボールに打ち負けた」「軽いラケットだとボールに打ち負ける」といった話になりますが、よく考えればそれらの表現が不自然であると分かります。
仮に時速100km/hで飛んでくるボールと同じ大きさの運動エネルギーをラケットに持たせるには、
1/2 x 56.0 x 100 ^2 = 280,000
sqr (280,000 x 2 ÷ 300) ≒ 43.2 なので
「速度 “43.2km/h” でラケットがスイングされればいい」
ということになります。
ボールと同じ運動エネルギー量が発生できればボールに打ち負けないという単純な話ではないでしょうが
「ボールとラケットには大きな重量差があるため、飛んでくるボールの “半分以下” の速度でも同じエネルギー量が発生できる」
と考えられます。
皆が言う「打ち負ける」は、ボールの威力とかそういう事を言っているのでしょうから、
要は
『ボールを打つ際の体勢』
『正確に捉えられていない』
ことの方が問題である。
ラケットを振る速さの話ではないと言えそうですね。
100g未満の軽いラケットなんて売っていませんから、250g程度の軽いラケットをゆっくりスイングしても「同等以上の運動エネルギーを発生できる速度できちんとラケット面の真ん中で捉えられれば打ち負けることはない」でしょう。
むしろ同じような速度で振れるならラケットは重い方が有利とも言えます。
人は1ヶ月も使えば重量に慣れてしまいます。
手に持って比較した際に重いと感じるのは当然で慣れる前に判断する意味がないと思います。
ボレーで「ラケットを握る」理由
ここまでの話からも分かるでしょうが、ボレーのインパクトで「ラケットをギュッと握れ」というアドバイスはボレーでは明確な形での“スイングをしない”ことが関係します。
ボールを飛ばす回転をかけるためのエネルギーはおおまかには
1) 速度を持って飛んでくるボールのエネルギーを反発させる
2) 自ら加速させたラケットのエネルギーをボールに伝える
の2つです。
時間の無い中、飛ばす距離が長くない、遠くまで飛ばす必要がないボレーは1を重視したショットです。(自らトスしたほぼ速度ゼロのボールを打つサーブは2メインのショット。ストロークは場所と状況によって1と2を組み合わる、割合を変えて打つショットです。)
ボールのエネルギーを反発させるラケット面はインパクト時にグラグラしない方が望ましいです。(ドロップショット等、飛びを意図的に短くする場合を除く)
ただ、インパクト位置までスムーズにラケットを移動させる必要があるので、速い段階からガッチリラケットを握っておくという事もできないです。
また、運動にはストレッチ・ショートニング・サイクル(SSC)と呼ばれる仕組みが関係しているそうです。『高くジャンプする際、瞬間的に膝を曲げて姿勢を落とした状態を取ってから飛ぶ』例のように、「筋肉を急激に引き伸ばされるとそれ以上引き伸ばされてダメージが発生しないよう収縮して保護しようとする仕組み」である伸張反射、これを行う前の予備的緊張、筋肉と骨を繋がる腱に弾性エネルギーを貯める等々が組み合わさり機能しています。
ボレーを打つ際、リラックス状態から、グリップ側からラケットを引き寄せるようにする事で慣性の法則でその場に留まろうとするラケットに引かれ、前腕は甲側に軽く捻れて筋肉の伸長が起きる事で、その反射が起きて前腕は手のひら側に捻れ戻り、ラケットのヘッド側が立つ傾向が生まれます。これに合わせてグリップを握る事で最初から強く握っておくよりも強いラケット面が作れる事に繋がるのでしょう。
回外側に捻れてから回内方向に戻る感じです。
前田健太投手が下記動画でも言われていますが「ずっとボールを握り続けた状態より、引かれる瞬間に力を入れる方がボールが引き抜かれにくい」事は体感できます。
こういった点が実際のテニスで作用し、その経験を経て
「ボレーではインパクト時にラケットをギュッと握る」というアドバイスが生まれた
と想像します。
ボールを打つのに「なぜボールが飛ぶのか」みたいな疑問やそれに対する理屈は必要ないかもしれません。
でも、野村克也監督の「知らないより知っている方が良い。考えないより考える方が良い。」の言葉通り、知っているのと知らないのではボールを打つことに対する理解に差が出るであろう事は想像が付きますね。
途中書きましたが、飛んでくるボールの持つエネルギーを最大限反発させ飛びに利用したいならインパクト時のラケット面は (操作に支障がない範囲で) ブレないよう “強く”ある方が良いでしょう。
ただ、ボレーでは飛び(と一部回転)に使う “反発させるエネルギー量” をボールが持つエネルギー量から削る事で飛距離を調整します。自らスイングし、その速度で加えるエネルギー量を調整する事ができないからです。常に『バーン』と弾き返す強いボレーで良い訳ではないですよね。
グリップを握る、伸張反射でヘッド側が立つ、ラケット面とボールの当たり方等々を駆使してボールの持つエネルギーを削り、飛距離や飛ぶコース、加える回転等を調整する事になります。
ドロップショットを打つ練習をする際、ボールの威力を吸収するイメージで当たる瞬間にラケットを引く感じとか、意図的に力を抜いてインパクト面を弱くしたりしますが、
「ボールの持つエネルギーを削る、減らして反発させる。削る大きさで飛ばなくなる」
と言えばやり方は一つではないし、そのイメージも少し変わるのではないでしょうか?
状況に応じて使い分ける。打ちたいショットに対してどういう風にするのが自分に合うのか色々試してみるのが良いと思います。
ストロークでラケットを握らない理由
テイクバックの位置で速度ゼロの停止状態にあるラケットは体の回転に伴い、手に引かれてグリップ側から動き始めます。
ちなみに、円運動する物体は回転軸から遠いほど同じ時間で移動する距離が長くなるのでその速度は速くなります。
つまり、スイング中、腕よりも手、手よりもラケット、ラケットでもグリップ側よりヘッド側の方が「前進する速度は “ちょっとずつ” 速い」という事です。
時折「ラケット面の先で打つ方がボールは飛ぶ」という話を聞きますね。「プロ選手はラケット面の先の方でサーブを打っている」とか。これはこの速度の違いを指しているのだと思います。当然、スイートスポットと言われるような “問題なく飛ぶ範囲” があるのでそれを加味しての話です。
慣性の法則
ラケットには『慣性の法則』が働きます。
テイクバックで停止状態にあるラケットはその場に留まり続けようとし、手に引かれグリップ側から動き始めた後も、ヘッド側はスイング軌道の真後ろから留まろうとする力で手を後方に引っ張ります。
これが「フェデラー選手やナダル選手はスイングを開始する際に手首が背屈している」と言われる現象だと思います。
実際には『手首を甲側に曲げている』のではなく、(ラケットを握りしめていないから) 慣性の法則でその場に留まり続けようとするヘッド側に手が引っ張られている事象です。
ラケットヘッド側に結んだゴム紐を誰かに持ってもらった状態で、スイングしようとしたら「後ろに引っ張られる」のは想像できますね。
同様のことは “サーブにおけるラケットダウン” にも言えます。
さて、スイング序盤でグリップを握る手をスイング軌道後方に引っ張っていたラケットヘッド側ですが、スイング開始により速度が増していきますのですが、
ラケットの初期加速を生むのは、両足で地面を踏み得られる反力、身体の捻り戻し等を連動させて得られる力だと考えます。
また、フォアハンドストロークは、バック側と異なり『身体の横向きを作ることで一旦身体の後方に下げた利き腕肩を身体の回転で再び身体の前側も戻す距離を初期加速に利用している』という特性があると考えます。
加えて、慣性の法則でその場に留まろうとするラケットに引かれて初期加速の段階で手や腕は大きく動かせません。身体の回転で利き腕肩が動く距離 = 腕が動く距離になります。
これらを合わせるとこういう動きです。
初期加速時身体は回転し利き腕肩が前方に動く事でラケットは引かれ加速を開始しますが、
足や身体の力は『身体が正面向きに近づく段階で消費されており、初期加速時のように新しく加えられることもない』
ので、遅れて加速してきたラケット、ラケットヘッド側に腕や身体は追い越されます。
慣性の法則で今度は
「速度を持って進むラケットはその直進運動をし続けようとする」
ので、身体や腕を追い越した後もラケットは前進して行こうとします。
ただ、身体や足から加えられた前進のためのエネルギーはとうに消費されてしまっているので、それ以上加速する事はできず、減速しながら、腕に引っ張れてフォロースルーに至る
というのがフォアハンドストロークにおける全体の流れだと考えます。
ちなみに「インパクトでボールを押す」は不可能
因みに「打点でボールを押す」とか言いますが、インパクトは0.003~0.005秒と言われ、人の反応速度は早い人で0.2~0.3秒だそうですから、
「インパクトの瞬間を人が認識しそれに操作を加える事はできない」
と考えられますし、
マラソン選手が同じ速度で並走する伴走車を走りながら手で押すといった状況を考えれば力を加える事はまず不可能だろうと思います。(前述の通り、腕や身体のよりラケットの方が速い状況ですから)
あくまで意識やイメージ上の話であり、実際にボールを打つ際の “コツ” のように「打点でボールを押せ」等と説明するのは誤解を生むと思います。
なお、インパクト前後のラケット速度を120km/hとし、インパクト時間を0.004秒とするならインパクトの瞬間、ボールとラケットは13.3cm、接触状態で前進している計算になります。
以下はサーブの瞬間を捉えたスーパースロー映像です。
計算通りとはいきませんがラケット面に接触したボールが潰れ、復元しつつ離れるまで一定距離接触状態にあるのは確認できます。
我々は空中の一点として打点の位置を教わりますが実際は10cm超の幅の中でボールを捉えていると考える方が実情に合うのでしょう。
だから尚更、スイング初期にラケットをしっかり加速させる事、慣性の法則で直視しつ続けようとするラケットの動きを邪魔しないようなスイング、身体の使い方をする事が重要なのでしょう。
スイングの中で我々が行うべきこと
スイングの初期加速時に我々が行うべきはまず、
両足や身体の力を連動させて身体を回転させて利き腕肩の位置を前方に動かしていくこと
ですし、
ラケットが慣性の法則でその場に留まろうとする事、加速した後にその直進運動をし続けようつする事を操作で邪魔しないこと
等だと考えます。
そのために祝える脱力(※)なのでしょう。
※テニスでは「脱力」が特別な事のように言われますが、英語で言えばリラクゼーション、リラックスする事となります。「リラックスした状態でスイングしろ」なら誰もが分かるし、教わらなくても自分なりに実行できますね。「リラックスしろ」を特別な事として捉える方が変でしょう。
つまり、
「フォアハンドストロークはボレーほどインパクトでギュッと握ったりする必要がない」
であろう事が分かりますね。
ただ、前述したように
「ストロークはボールの持つエネルギーを反射させる、自らエネルギーを加える事を状況によって使い分けるショット」
と言えますから、常に速い速度でラケットが振れる訳ではないし、ゆっくり振る場合でもボール速度は様々だったりします。
自らボールに加えようとするエネルギーの大きさ(=ラケット速度と当たり方)、飛びや回転に利用するボールのエネルギー量を考慮して、どの程度 “インパクト面の強さ” を作っていくのはは試行錯誤が必要でしょうか。
ただ、そういう認識を持っているのと、とにかく「強く打つ」一辺倒でラケットを振り回すのでは全然違ってくるはずです。
また、ほぼ、自らスイングして加えるエネルギーだけで飛ばす、回転を加えるサーブは、ボールのエネルギーを反発させる必要がないので、ボレーやストロークほど、“インパクト面の強さ” を意識する必要がない。ラケットの直進運動を妨げないリラックスさの中でしっかり振り切れれば良いのだろうと考えます。
逆に言えば、サーブにおいては、
「インパクトでラケット面を “当てよう” とする意識が強くなるとスイングが小さくなったり、ラケット速度が上がらなくなる」
とも言えますね。
そういう経験、実感は皆さん割とあるのでないでしょうか?