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相手とキャッチボールできないならテニスは上達しないよねという話 (テニス)

野球 キャッチボール

このブログはWordPressで構築していますがVer.5.0から標準エディタが「Gutenberg(グーテンベルグ 」というものに変わりました。慣れていくためにこのGutenbergの使用を始めています。以前と表記や文字表現等が違っている点、ご了承ください。

相手ありきのスポーツであるテニス

テニスは相手ありきのスポーツです。

壁打ちや素振り等を除き、相手が居なければ練習も試合もできないです。

ルール上、「誰よりも遠くまで飛ばしたら勝ち」「誰よりも速度が出たら勝ち」ではないですし、「ボールを打ったら結果を待つのみ」でもありません。

対戦相手は “自分と同じように” 全てのボールを打ち返そうとしてきますし、ポイントを取ってやろうとしてきます。

Trevor James forehand

「相手の事を考えないでテニスをする」のは実質的に難しいだろうと思います。

でも、我々レベルだと

  • 「自分がボールを打ったらそこで終わり」
  • 「相手の打ったボールが飛んでくるのを見てから判斷し動き出す」

という「自分ガボールを打つだけ」なテニスが多く見られ、同時に「自分がそういうテニスをやっている」という事を自覚できないままで居る事が殆どです。

『球出し』のボールは問題なく打てるけど、ラリーや試合になると全然実力が出せない。うまくテニスができない。

こういったテニスをしている限り、この上達の壁は越えられません。

何故、こういうテニスになるのか、それを克服してテニスのレベルアップを図るにはどうすればよいのか。自分が当てはまるなら “今” 考えるべきでしょう。

予測の重要性

実質的に「反応だけでテニスをやる」のは無理

時速130kmはベースライン間を “0.66秒” で到達する計算になります。(実際には飛んでくる途中、バウンドにより速度は低下しますが)

130キロは0.66秒で到達

一方、人の反応速度は速い人で “0.2~0.3秒” と言われます。

これらの数字を見るだけでも、

相手がボールを打った後、飛び始めてボールを見てから「あ、フォア側だ」と思って動きだしていたのではボールを打つどころか “準備すら” 間に合わない

と想像できます。

相手を観察し、次の状況、どんなボールが来そうか予測し、それに対応するための必要な準備を行う事はテニスにおいて “必須” であり “前提” でもあると言えるのでしょう。

コースや球種は飛んでくる前におおよそ決まっている

テニスコートは大きさが決まっており、ルール上、自分がボールと打つ際は「相手コートの規定のラインが示す範囲内に1度着地させる」必要があります。

また、相手が打ち、自コートのライン内に着地させたボールをまた、相手コートのライン内に着地するよう打ち返す都合上、多くの場合で途中にあるネットの上を通過するコースで返球する事になります。(水平方向に直角に曲がるボールなんて打てない)

これらの制約により「相手がボールを打つ際自分が居る場所、相手の状況、打とうとするボールの内容により、相手が打てるコース (ネットしない、アウトしないコース) は自然と制限されてくる」のです。

また、「ボールは打とうとしている相手の打点の位置からしか飛んでこない」のでコート全面を均等にカバーしようとする意味は薄いです。味方後衛がボールを打つ姿をガッツリ見て相手2人に意識を割かない方とか居られますよね。

ボールを打つ相手に接近すれば飛んでくる角度の幅は狭く、離れれば広くなります。近ければ良い訳ではなく「今、自分はどこに居るべきか」判斷できる事が重要になってきます。

相手がボールを打つ状況は打つたびに違うのですから「相手後衛が打つ時はここ、味方後衛が打つ時はここ」決まった位置を往復する事に殆ど意味はありません。後衛同士のラリーが続けばすぐに動きが追いつかなくなるのは「誰かが打ったボールを見てから動きだすから」です。これは「相手のボールに備える」ための移動ではなく「移動するのが目的」になっているからでしょう。(ダブルスの練習で「前後の動き」をやらされるのは導入時にきっかけ。それが動き方ではないです)

観察し予測しているからこそ心理的、身体的な準備ができる

テニスは確率のスポーツであり、戦略・戦術的意味がある場合等を除き「10回やって1回しか入らないようなショットを当たり前に選択する」意味は薄いです。

打たれるボールに対処する側から言えば「飛んでくる確率が低い場所も含めてコート全面を均等に考えるからボールが飛んでくる所に予め “居られない” し、ボールが飛んでくるのを見てから慌ててラケットを差し出したり、遠ざかるボールに飛びつくような追い方、打ち方になったりする」のだと考えます。(そういう姿をよく見るでしょう)

伸び切ったボレー

誰もが 「飛んでくるコースや球種が予測できている、検討がついていれば、誰でも、守りやすい位置に移動し、身体的、心理的にも準備が出来ている状態でボールを待てる」と考えます。

そのためには相手に意識を向け、観察し、予測し、準備する流れを自分のテニスに組み込む事が必須になります。打ち合っている相手を観察もしない。ただ、飛んできたボールを打とうとしているだけ。「反応や反射神経の良し悪し」がうまく返球できる理由ではないのです。

観察と予測の習慣付け

最初に述べた

  • 「自分がボールを打ったらそこで終わり」
  • 「相手の打ったボールが飛んでくるのを見てから判斷し動き出す」

といったテニスが如何にも中途半端。そもそもテニスになっておらず、ただ「ラケットでボールを打っているだけ」な段階であるのかというのが分かりますね。

テニススクールだとレベル分け制度により “自分と同レベルの方” としか練習しないというマイナス面があります。

周りも同じようなテニスをしているからその問題点に気づきにくい。だからずっとその段階から抜け出さない。必要性を感じない。「観察、予測、準備」の取り組みだけで段違いにテニスのレベルが上がるのに誰も実行しようとしない。

といった事に繋がっている気がします。

技術を向上させるのは簡単ではないですが、これは「誰もが即実行可能で大きな効果を偉える」取り組みです。やるのが前提だし、テニスをやるなら「やらないという選択肢がない」のです。

球出し練習のマイナス面

テニス練習の定番として『球出し』であり、我々は初心者の頃からそれに慣れ親しんでいます。

tennis lessons

『球出し』練習は「ボールを打つ」確認のための練習であり、それ以外の要素、例えば「ボールを追う」「打ちたいボールの内容に対して自分の位置を変更する」等に極力、意識を割かないで済むようになっています。結果、『球出し』のボールを打つ際は “心理的負担が少ない” 状況と言えます。

この所、繰り返し書いていますが『球出し』練習の多様には大きなマイナス面があると考えます。

球出しのボールを打つような状況が『自分がボールを打つ規準』になってしまい、それを具体的な問題点として実感できないままでいる

といった事です。

『相手ありきのスポーツ』であるテニスにおいて、自分が打ちやすいボールを相手が毎回打ってきてくれる事自体が通常はありない。ある程度「打ち合いを続ける」事が求められるラリー練習ですら「相手の打ち損ない」含め、同じようなボール、打ちやすいボールが来るという事は少ないと思います。

「球出しのボールを『ガツン』と打って満足そうにしている」方がその後に訪れる「ラリー練習やゲーム練習で自分のテニスが出来なくなる、実力を発揮できなくなる」様子をよく見ます。

ミスをした本人は「技術が足りないからだ。上達すれば改善されるのだ」と思うかもしれませんが『相手ありき』『対人』を前提に練習に取り組むべき」と部分なくして本質的な意味での『テニスの上達』は難しいと思うのです。

ラリー練習はキャッチボールのようなもの

相手ありきのスポーツであるテニスにおいて、練習の多くは他の誰かとの打ち合い、ラリーになってきます。

Sania Mirza serve

個人的に「テニスのおけるラリー練習は野球のキャッチボールのようなものだ」と思っています。

Cruz throwing before the game

野球の基本とも言われるキャッチボールを行う目的は、

  • 適切なボールの投げ方を体感し、覚える
  • 相手に捕りやすいボールを投げるという事を学ぶ

といったものでしょうか。

手や腕の小手先で投げるのではなく身体全体を大きく動かして送球動作の最適化を行っていく。その上で「どういう投げ方をすれば相手が捕りやすいボールを安定的に投げられるか」を互いに投げ合う中で学びます。(自分が取りにくいと感じたボールは相手には投げないといった事)

テニスにおける他の誰かとの打ち合い、ラリーの練習でもこれと同じことが言えると思っています。

ボールに意図を感じるという事

気持ちよくラリーが続く際、「互いに打っているボールの質が良い」という以外に「ボールにその人の意図が乗っている」と感じる部分があります。

volley

その人の意識と行動が繋がっている (こういうボールを打とうという意識が行動に反映される) なら、相手を見て感じる「フォア側にこういうボールを打ってきそう」という一連の動作に対して「実際にそういうボールが飛んでくる」という結果が伴ってきます。

また、その動作と結果に「相手にこういうボールを打ってもらおう」という相手の意思、配慮も感じられるし、場合によっては「こういうミスをさせたいんだよ。あなたはどう返球してくるの?」という闘争心もボールから感じられます。

まさに「言葉ではなく、ボールを通りして語り合う」感じです。

野球のキャッチボールもそういう面がありますね。

逆に「自分がどうやってボールを打っているのか認識できていない」「相手を観察せず、毎回何となくボールを打っている」「ただ、目の前のボールを打つという事で終わってしまっている」ボールに何の意図も感じず、こちらもただ、ボールへの反応だけで返球する事を考えざるを得ないという事も起きます。

ゴミ箱にゴミを放る際のように厳密に狙っていない、動作を最適化させていないのですから「打ち合っていて気持ち悪い」感があります。結果がどうあれ、打ち合っていて楽しいのは、当然「動作とボールが一致する。ボールに意図を感じる」相手の方ですね。

予測では「その場の状況とか考えずにボールを打つ」タイプを区分する

ボールを打つ際にざっくりと「意図を持って意識的に狙って打つ」タイプと「その場の状況とか考えずにとにかくボールを打つ」タイプが居られます。

そして、後者の多くは「相手を観察し、予測し、準備する」取り組みを自分のテニスに組み込めていない段階の方だったりします。相手を観察しているからこそ「今、自分はどういうボールを打つべきか」考える事ができるからです。

意図も狙いもなく打つ方のボールは「え、顔も身体も右向いているのにこっちに飛んでくるの?」「え、何で正面向きのまま打ってくるの? それだと狙って打てなくない?」みたいな事が多く、予測の習慣付けが仇になる事もあります。

相手の様子から違いは一目瞭然ですし、慣れてもくるでしょうが、テニススクールのレッスン等ではこのタイプが圧倒的に多い 。

予測して準備する習慣付けが出来ていないから自分がボールを打つ際も相手を観察しないのでしょうが、相手によって予測を使い分ける事も考えておきたいです。

これは「打ちやすいボールを打っている」とは言いづらい

テニススクールのレッスンでは「ラリーが続かない」状況はお互いに気まずいので「上達のための練習」ではなく「ラリーを続ける事が目的」になりやすいですよね。

ボレスト (ボレー対ストロークの打ち合い) でこんな光景を見ないでしょうか?

1. 山なりの緩いボレーを打つ。

ボレスト例

2. 山なりの緩いストロークで返す。

ボレスト例

ご本人達は「ラリーが続かないと練習にならないから『相手の打ちやすい』ボールを打っているのだ」と言われるかもしれませんが、個人的には、

「ボールを打つから、後はあなたの打ちたいように打ってね」

といったボールに感じます。

それっぽい言い方をすれば「死んだボール」ですね。

コーチがワザとチャンスボールを打って参加者にガツンと打たせて喜ばせる。そんな感じに似ています。

それは多少なりとも上達を目指す練習における『打ち合い・ラリー』とは言えないでしょう。

「何のためにやっているの? 目的は何?」という話になります。

些細な「勝ち」のためにボールを打つ意味

スポーツ全般そうかもしれませんがテニスでもその人の人間性が出ます。

ルール上の勝ち負け関係なく「ボールを打ち合う相手には常に勝ちたい」方は一定数居られますよね。(男性は「どんなくだらないことで良いから相手より優位に立ちたい。(そんな事も知らないの? みたいな話)」意識が強いので特に目立ちますね)

テニススクールのレッスン中にコート端で行うボレーボレーですら「相手に勝ってやろう」とする。至近距離でものすごく速いテンポで打ち合おうとしたり、唐突に「遠い」位置に打ち込んでミスさせようとしたりです。

短い距離でのボレスト

親しい訳でもない方が目の前で「よし!」とガッツポーズを取ったりする姿を見るのは気持ちの良いものではありません。

テニススクールはレベル分け制度により基本的に「自分と同レベルの方々としか練習しない」という制約がありますが、自分と変わらないレベルの方に試合でもない1球で「勝つ」事に失礼ながら “自己満足” 以上の意味はないと私は思います。(明言しなくても「そのためにやっているんだ。負けるのは嫌だ」という方も居られるでしょうが個人的に「上達を目指す」方向性とは明らかにズレていると思っています)

準備が出来ていないのにサーブを打ってくる

サーブを打つ際、その人のリズムがあるでしょうから、早い、遅いは構わないと思います。

ただ、時折「リターン側が位置に着いていない、構えていないのにサーブを打ってくる」方が居られますよね。また、「ダブルスで相手2人、味方前衛の位置を確認しないまま、サーブのモーションに入る」方も居られます。

これらが示しているのは「相手を確認していない、観察していない」という事であり、「相手関係なく自分がボールを打つ事が目的。自分がボールを打ったらそこで終わり」と思っているという事だと考えます。

皆、下がった位置でサーブが飛んでくるのを待ってリターンするかもしれませんが「前進して攻撃的なリターンをする」方が居たら返球できずにリターン側のポイントになるかもしれません。

「リターン側の状況も確認せず、”何を根拠に” サーブを打つの?」という話になります。

以下の動画でもプロ2人がサーブを打つ前に相手側を確認しているのが分かりますね。

スターテニスアカデミー / スタテニ ミックスダブルス

また、サーバー側の前衛なのにすごくサイド寄りに構えたり、リターン側の前衛なのにネット近くに構える方が居たり。状況関係なく「常に同じ位置で構える」方が居たり。これらも「確認せずサーブを打つ」方と同様、「相手を観察しない」「状況を考えない」意識の現れだと思います。

何が正解かという事ではありませんが「ボールが飛んでくる確率から、自分が今、この状況でどこに居るべきか?」を考えられていないだろうという話。

その根拠になるのが「相手を観察し、予測し、準備する事」だと思うからです。

「相手の打ちやすいボールを打つ」は「望む返球をさせる」に繋がる

野球のキャッチボールの例を上げましたが「相手が打ちやすいボールを打つ」と考える事はそのまま「相手の打ちにくいボールを打つ」「自分が望む返球をさせる」という事に繋がると考えます。

相手コートのどこの位置にどうバウンドさせるか?

以下はジョコビッチ選手とA. ズベレフの練習風景ですが打ち合うボールの殆どは “サービスライン付近” に着地、バウンドしています。少しでもベースライン寄りに深く着地すると相手は即、ハーフバウンドのような打ち方になる感じです。

Djokovic v Zverev, 2018 USO practice, 4K

プロの打つボールは速度があるし、回転量も多いのでこういった位置にバウンドさせないとアウトのリクスが高まる。緊張し、力も入る試合なら尚更。練習中から意識して「どういうボールを打ちどこにどうバウンドさせるか」を実践しているのだと思います。

ベースライン間で打つストロークラリーの練習では距離が遠い分、集中力が散漫になり「何となく、相手のいる方向に強いボールを打つ」という打ち方、意識になりがちです。

テニスコート

結果、ベースラインギリギリの深いボールが増え、アウトするボールばかりという状況になる。リズムよく打ち合えないし、単純に打ち返すのが難しくなる。下がって打とうとすれば距離が長くなりネットしてしまう。相手のミスに「気分が良い」かもしれませんが、これでは「相手を観察し、状況を踏まえてボールが打てている。打つボールをコントロールできている」とは言えないですよね。こういう風景は本当によく見かけますし、その場の雰囲気に自分も流されがち (雑に強く打とうとしてしまう) です。

ここに「ネット上のこの位の高さを通過させて、相手コートのサービスライン付近にバウンドさせれば、バウンドしたボールがベースライン付近に居る相手の打点辺りに到達するな。そのためにはボールの速度はこの位だろうか」といった意識が入るだけで、ストロークラリーの安定感は増すし、ボールをコントロールできている訳なので、右に行ったり、左に行ったり、アウトしたり、ネットしたり。終いには隣で打っている人にボールやラケットが当たりそうになるなんて事も減っていくと思います。

まさに「キャッチボール」という感じです。

サーブの選択は「相手にどうリターンさせるのか」で決まる

サーブ練習での定番は「相手コートのサービスボックスに的を置いてそれに当てる」といったものでしょう。

サーブ 的当て

でも「的に当たるか」は気にしても「バウンドしたボールが相手コート側のバックフェンス、サイドフェンスまで届くか? どう当たるか?」を気にされる方は少ないのではないかと思います。

サーブ バウンド後

サーブを打つ際、相手がリターン側としています。ここでも「相手ありき」です。

自分が「速いサーブを打てれば勝ち」ではなく「ものすごく弾むサーブを打てれば勝ち」でもありません。相手は「リターンしよう」としてくるし、リターンされる前提で「良いリターンをされない」サーブを打つ事を考えるべきなのでしょう。

そのために重要なのは『バウンド後のボール』ですよね。

『サーブの的当て』『球出しのボールを打つ』のと同様、そこに相手の存在がない、意識できてない練習になりがちだと思っています。

return

相手に自分の望む返球をさせる

現在でもダブルスでは使われるように「相手の時間を奪う」「角度を付けて相手に取りづらくする」点はベースラインよりネット付近でプレーする方が有利です。でも、道具の進化によりベースライン後方の遠い位置、不利な態勢からでも強いボールが打てるようになり、シングルスでサーブアンドボレーやネットプレーを行う事は難しくなりました。リターン後の不十分な態勢から時間を与えず次のボールを打たせる事で自分が望むボールを打たせる事でポイントを得ていた優位性が無くなったためです。

相手を『観察』『予測』する事により「相手がどこにどういうボールを打ってくるのか」を予め想定し、心理的・身体的準備をしておく事ができます。(予測・判斷・準備をしていないから「飛んでくるボールを見てから判断し動き出す」テニスになる)

でも、それを一歩進め、同意に「相手の打ちやすいボールを考えて配球する」取り組みを加える事で「相手に自分が望む返球をさせる」という事が出来てきます。

サイドに追いやり逆サイドへ攻撃 サイドに追いやり逆サイドへ攻撃
 クロスラリーからのストレート 短いボールを角度を付けて打つ

『予測』は出来ているけどボールの質 (速度、コース、回転) は相手任せな状況より、自分がこういう決め方をしたいから相手にこういうボールを打ってもらおうという状況の方がより簡単だし、行動しやすいですよね。

技術はそのままでもテニスのレベルを何段階も上げられる

「相手関係なく自分がボールを打ったら終わり。相手のボールが飛んできてから次を考える」段階から、「相手を『観察』し『予測』し『準備』する」段階し、そして「相手を『観察』し、自分が望む返球をさせる」段階へ。

できることが大きく変わり、自分のテニスも大きくレベルアップすると思います。

繰り返しますが技術を上げるより余程、簡単で効果がある

やっていなかったのを実行するだけです。

且つ、周りはやっていないままなのですから大きく差をつけるきっかけになると思います。

(レベルが上がったから慢心しないようにしたいですけどね。「自分を上達させるのは自分自身」だから「周りより上手い」といった認識は客観的に自分の状態を認識できなくします)